寺田的陸上競技WEBスペシャル
日本陸上界が直面する課題へ独自のサポートを行う
“GSP
(グローバル・サポート・プロジェクト)
一番の特徴は広範な海外ネットワーク
根底にあるのは陸上競技への愛情


昨年8月に米国ユタ州パークシティで合宿を行った中大3選手<写真提供:STC I・GSP>

 日本の陸上競技強化において海外遠征・合宿の必要性はこれまでも認識されてきたが、近年は外国人コーチから直接指導を受けることの重要性も高まっている。著名コーチに来日してもらったり、逆に日本選手や指導者が海外に赴いたり。そうした海外コーチを仲介する役割を果たしているのがNPO法人STCI(湘南トラッククラブ・インターナショナル)の上野敬裕と株式会社インプレスランニング社の柳原元の両氏である。2人はそれぞれの組織の代表でもある。当初は2010年にSTCIの事業としてスタートしたGSPだが、翌年柳原が設立したインプレスランニング社との共同運営となり、柳原は同年IAAF国際陸連公認代理人の資格を取得。その後GSPの活動が本格化していった。近年は、都道府県陸協や実業団チームの要望に応じて指導者の紹介や海外合宿をセッティングしたり(事例@、C)、海外著名チームと日本の大学チームの橋渡しをしたりしている(事例A)。そしてSTCI自らも、チームとして外国人コーチと接点を持つことで選手強化&育成を図っている(事例B)。
 両氏によるGSPの活動をクローズアップすることで、日本陸上界の抱える課題と、その解決に向けて強化現場がどんなアプローチをしているのか、日頃あまり報じられることのない側面を追ってみた。
(※一部登場人物敬称略)


@大阪陸上競技協会の“OSAKA2020夢プログラム”への協力

やり投のトップコーチを招聘した沖縄合宿
 2016年の1月4〜7日、沖縄県の国頭(くにがみ)村で行われた大阪陸協の合宿に、フィンランド人のペテリ・ピロネン氏(当時39)の姿があった。近年のアフリカ勢の活躍は中・長距離にとどまらないが、男子やり投でもJ・イェゴ(ケニア)が2015年北京世界陸上金メダルを獲得した。そのイェゴをはじめ海外、そしてやり投げ王国フィンランドのトップ選手の指導で実績を上げていたのがピロネン氏である。
 やり投は、大阪陸協所属選手のレベルも高い。昨年の日本選手権優勝の宮下梨沙(大体大T・C)を筆頭に、同4位の佐藤友佳(意岐部東小職)、同8位の瀧川寛子(東大阪大)と3人の日本選手権入賞選手がいる。合宿は彼女たちを含む5人が同種目の"OSAKA2020夢プログラム"選手に指定され、ピロネン氏の指導を受けた。そのときの様子を島津勝己大阪陸協コーチは次のように振り返る。
「いつものコーチとは違う観点、異なる視点で教えを受けることで、新しい発見ができます。中学生、高校生はパーソナルコーチからガチッと指導を受ける方がいいと思うのですが、日本のトップになり、さらに世界と戦うには考える力が重要になる。新しいことを知り、自分で取捨選択し、トレーニングを変更してやっていく能力も求められると思うのです」
 大阪陸協の"OSAKA2020夢プログラム"は、2020年東京オリンピックに出場する選手を輩出する目的で、2015年にスタートした。2016年7月時点で同陸協に所属し、日本選手権8位以内の選手が強化対象の目安となる。
 国頭村での合宿自体は毎年3泊4日で、大阪の中高生のトップクラスを集めて行われていた。そこに同プログラムの対象選手も加わり、日本のトップレベルを育成している大学のコーチらに指導を依頼した。そのうちやり投だけは、世界の最前線の指導者に指導を委託したのである。
 ピネロン氏を招聘した経緯を、島津コーチは次のように説明する。
「ケニアが中・長距離に強いことは知っていますが、やり投を教えたのは誰なのだろうと大阪陸協で調べたら、国際陸連が仲介してピネロン氏がコーチをしたことがわかりました。協会傘下にはやり投の有望選手がいたので、ピネロン氏にコーチを依頼したい。柳原さんを通じて話をまとめてもらいました」
 柳原の仕事は迅速で、世界選手権から5カ月後にピネロン氏が、61m96の自己記録を持つソフィ・フリンク(スウェーデン)を伴って来日。合宿中も柳原が帯同し彼らをサポート。世界トップレベルの指導が沖縄で実現した。

2016豪ゴールドコースト合宿
 ピネロン氏の招聘が大阪陸協の発案だったのに対し、昨年3月のゴールドコースト合宿と、シャロン・ハンナン・コーチ(豪州)への指導依頼は、柳原から同陸協に提案した。
 柳原は同コーチをキャスティングした理由を「ロンドン五輪女子100 mH金メダルのサリー・ピアソン(豪州)を、ユース時代に発掘し、世界のトップに育てたコーチですし、他にも豪州のトップ選手や、オセアニア地区、さらにはインド選手まで指導した幅広い経験を持っていましたから」と説明する。
 主に指導を受けたのは女子短距離の西尾香穗(大阪高。現甲南大)と、100 mHの田中佑美(関大一高)の2人。西尾はプログラム対象からは外れてしまったが、16年も日本ジュニア選手権100 mに優勝した有望選手。田中は15年、16年とインターハイで2連勝した日本ハードル界のホープである。昨年は日本選手権も6位に入賞した。
2016年3月のゴールドコースト合宿。
ハンナン・コーチ(左から3人目)が
大阪陸協所属の選手たちに指導を行った
<写真提供:STC I・GSP>
 その2人が徹底的にアドバイスされたのが腕振りだった。ゴールドコーストでも同陸協サイドの責任者だった島津コーチが、ゴールドコースト合宿の様子を振り返ってくれた。
「ものすごく基本的な部分ですが、ハンナン・コーチはこだわりを持っていました。最終的には軸をしっかりと作って、重心移動に結びつけるためですが、走りの動作の中での脚の運びに、腕振りがどう関わっているかを力説されていましたね」
 またシャロン・ハンナン・コーチのご主人が跳躍コーチということもあり、走高跳と三段跳の選手もアドバイスを受けた。
 3月ということもあり、現地で試合にも出場。国内シーズンにスムーズにつなげることができた。
 その合宿で大阪陸協のコーチたちに好評だったのが、柳原のアテンドぶりだ。ハンナン・コーチらの意図を正確に伝えるのはもちろんだが、「アスリートファーストでやってくれて、その上で(我々)指導者の立場や気持ちも理解してくれている。外国人コーチの指導を受けるなかでも、選手と(内外双方の)指導者の距離を近づけてくれました」と島津コーチは指摘する。
「このプログラムは純粋に東京オリンピック代表を育てるためのものですが、我々指導者も海外の考え方を学ぶことができています。それは2020年以降も生かし続けられる」
 柳原は以前紹介したように、1997年からHondaでマネジャーを約10年間任されていた。実業団チームの経験があるからこそ、選手と指導者の双方の気持ちを十分汲んだサポートができるのである。
2016年3月のゴールドコースト合宿。左から西尾、ハンナン・コーチ、C・シモンズ選手(2014年U20世界選手権七種競技14位。自己記録5459点)、田中<写真提供:STC I・GSP>

バウワーマン・トラッククラブとのつながり
 GSPは柳原の個人的なコネクションや、いくつかの仕事を通じて海外チームとも深い結びつきがある。そのうちの1つが米国のバウワーマン・トラッククラブ(以下、BTC)である。ナイキ・オレゴンプロジェクトと同じオレゴン州ポートランドを拠点とし、アメリカ人を中心に17名(男子10、女子7)の長距離選手が在籍。リオ五輪には9人もの選手が出場した(そのうち2人はカナダ、1人はケニア代表)。
 ヘッドコーチのジェリー・シューマッハー氏(46)は現役時代、中距離ランナーで1500mの自己記録は3分39秒46。複数の大学で指導経験があり、当時オレゴン・トラッククラブとして活動していたA・サラザール氏のもとで、アシスタント・コーチを務めたこともあった。男子1万mで白人選手初の26分台を出したC・ソリンスキー(米国)や、女子1万mで北京五輪銅メダルのS・フラナガン(米国)を育て、昨年は大手陸上情報サイト・FloTrackが実施した全米陸上長距離界のコーチ・オブ・ザ・イヤーにも選出された。
 リオ五輪女子マラソン9位のA・クレイグ(米国)は今年丸亀国際ハーフマラソンで来日した際、BTCについて質問されると次のように答えた。
「選手がみんな頑張っていて、ハードワークをこなしています。それに加えてチーム内の絆が深くて、雰囲気が最高に良いチームです。その雰囲気を作ってくれているのがシューマッハー・コーチ。本当に素晴らしいコーチで、賞を取るのも当然だと思っています」
 柳原との接点は興味深いものだった。2015年春に実業団チームから、スタッフを海外の一流コーチのもとで勉強させたいと相談を受けた。何人かの候補者をリストアップした後、シューマッハー氏にターゲットを絞り、約1年に及ぶ交渉の末、BTC内での“コーチ研修”を実現させたのである。リオ五輪選考の全米選手権前の昨年5〜6月に、柳原もBTCのトレーニング拠点オレゴン、ユタ両州を訪れ研修をサポート。BTCのメンバーらと親交を深めていった。
2016年11月に来日したバウワーマンTCの
メンバー。左からデレック選手、
シューマッハー・ヘッドコーチ、
バンバロー選手
<写真提供:STC I・GSP>
 GSPでは海外レースへの出場サポートも行っているが、昨年10月にマツダの圓井(つむらい)彰彦のボストン・ハーフマラソン出場が実現した。今年2月の東京マラソンで初マラソンを予定している圓井に、増田陽一監督は「どんな環境でも力を出し切れるようにさせたい」と、海外経験を踏ませようと考えた。だが、チームが単独でレベルの高い海外レースに出場することは難しい。
 増田がボストン・ハーフマラソン出場を柳原に依頼した経緯と、その成果を話してくれた。
「手頃な大会はないですか、と柳原さんに相談したところ、ボストン・ハーフを紹介していただきました。現地には圓井と柳原さんの2人で行ってもらったのですが、コースや会場の下見なども主催者が対応してくれたそうです。外国に遠征した場合、試合以外に気を遣うことも多いのですが、ボストンでは試合に集中できました。気温も低く、風雨が強くてスローペースになりましたが、持ちタイムを考えたら、圓井の5位はかなり良い成績です。経費的にも、国内のレース出場と大きく変わらないレベルで遠征ができました」
 実は柳原は、ボストン・ハーフマラソンの大会関係者を、BTC経由で紹介してもらっていた。GSPのネットワークが、日本選手の海外での活動を広範囲で支えている。
A中央大学・藤原正和駅伝監督がGSPを積極活用。バウワーマンTCに選手を派遣 に続く


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