ウィグライプロ
スペシャル
第2回



横田真人
800mランナーの矜持





Aスピードを落とさず楽に走る

@ユニバーシアード4位の真実
 横田の目下のテーマは何で、そのためにどのようなトレーニングをし、それを試合でどう試しているのだろうか。

横田 ロンドン五輪を最大の目標に設定し、1年1年、テーマを設定しています。今年と来年は、前半の400 mをいかに楽に入れるかを追求しています。体的にも気持ち的にも、どこかで休まないと後半が落ちてしまうのが現状です。ペースを落とすわけではないけど、楽に走ることが技術的、感覚的に可能になるという部分を求めています。例えば今年の日本選手権ですが、400 m通過が51秒39と良いのですが最後までもたなかった。
 単純に絶対スピードを上げることも考えましたが、ただダッシュの練習をして、短い距離のタイムを上げるのなら誰でもやっていることだと思います。800 mにつながる200 mや400 mのスピードを、いかに獲得するかが重要です。

 横田の動きやトレーニングを、具体的にイメージできる言葉がないだろうか。

横田 冬に200mにハードルを10台置いて17.5mを7歩でいく練習をやってみましたが、参考になると感じました。あとは、引きつけが弱いのが僕の欠点です。腸腰筋が弱いからですが、坂とか階段のメニューをやるとよくわかります。ペダルを押し込むときではなく、ペダルを引き上げるときに負荷のかかる自転車漕ぎなどもよくやるようになりました。
 以前は脚が流れることを気にしていましたが、それも効率の問題だと思うようになりましたね。脚が流れることによるロスと、踏み込むことで地面反力をもらうことのプラスと、どちらを優先した方が効率的に進むのか。僕はまず、しっかりと地面からエネルギーをもらうことを優先しました。その上で、動きを矯正していけばいい。
 引きつけが速ければ、脚が最初に流れることはどうでもいいという判断です。次の動きにどうつなげるかが大事ですから。
 関東インカレではダニエル(日大)に敗れ、「ハーフマラソンを走る選手に負けるとは」と、ショックを受けた。何かを大きく変えなければいけないと、レース後に話していたが、その出来事は今のトレーニングに影響しているのだろうか。

横田 スピードに対する考え方が中途半端だったという考えに至りました。800 m全体を速く走ろうという考えが強すぎたんです。それよりも、400 mのスピード、400 mから600 mのスピードと、ある程度分けて練習しようという考え方が強くなりました。
 実際のところ400 mのスピードが上がっても、レースの後半にどう影響するかはわかりません。400mから600 mの落ち込みをなくすことも重要です。どの局面も同じように重要ですが、今年はスピードにウエイトを置こうと決めたわけです。
 結果的に、400 m系のメニューが多くなってきたと思います。ただ、先ほど言ったように、800 mにつながる400 mのスピードという考えです。僕は400 mも1500mも、それほど速くない。でも、800 mなら走れる。そういう走り方ができるところが僕の軸なので、それを崩さずにやらないといけません。
 横田は陸連の科学委員会からバイオメカニクス・データの提供を受けている。過去のレースのスピード曲線グラフと、100 mに区切った区間毎の ハードラーと見間違えるほど、とまでは
言えないがハードル練習も器用にこなす横田
ピッチとストライドである。勝負を優先したときのスピード曲線と、記録を出すための理想的なスピード曲線との違いも明示されている。データと自身の感覚的な部分や、具体的な動きを照合している。
※この折れ線グラフは、横田選手が示した勝負優先パターン(青色)、B標準を出すための最適パターン(黄色)、現状(ピンク=2009年日本選手権)のスピード曲線。Y軸のスピードの数値は伏せてある。


横田 記録を出すための理想モデルは、120mから200 mまでスピードを上げますが、僕は120mまでに一気にトップスピードに上げることもある。どちらの意識で走るか。前半の400 mを楽に走るには、最初のカーブの部分での技術的な要素が占める割合が大きいかな、と思っています。
 そういったことを参考に、300 mのインターバルをします。200 mまで25〜26秒で走って、残りの100 mは14〜15秒で流したりします。200 mまでは一定のスピードで押して、300 mまでを休む意識です。
 今日やっていた210mのウェーブ走だったら、70〜140mをリラックスして走ります。最初をピッチで入って、70mからストライドを大きくします。動きとしては緩やかになりますが、スピードはキープする。140mからは意識をしてスピードを上げます。いかにスピードを落とさないで楽をするか、を考えての走り方です。
 そういうトレーニングをしているなかで、楽に走ろうとすると浮き気味になるとか、課題も出てきます。ストライドが伸びても楽になるわけではない、ということでしょう。そういうときに、浮かずに前に進む動きを探ったりするわけです。

 レース後半のきついところで“楽をする”方法もあるのだという。

横田 400 〜600 mの感覚をレースでつかんだとします。こういう動きがあるのだ、と。それをトレーニングするには600 mをやればいいのですが、600 mを1分17秒で何本行けるかといったら、たぶん1本、できても2本です。しかし、似たような状況を400 m+400 m+400 mでなら作ることができます。インターバルは60秒レストで、58秒−57秒−56秒で回ります。抜けば楽になりますが、抜いてはいけないところが400 〜600 mの感覚に近いんです。さすがにラストは動きが崩れますが、中間の動きは400 〜600 mの動きに通じるものがあると思っています。乳酸をためるけどスピードを落とさないようにするには、どうしたらいいか、とか、実戦的なことをイメージしながらやりますね。
走りながらメディシンボールを投げ上げ、キャッチするメニューをこなす
 ここまで突き詰めて考え、トレーニングを実行できるのも、国際舞台への気持ちが強いからだ。国際舞台に出ていくには、標準記録を破らないと出られない。今の日本のレベルで勝つことだけを考えていても、それは実現しない。かといって、国内で負けていては、それを言う資格もなくなってしまう。相反する課題を突きつけられている。

横田 今年の日本選手権で殻を破れたことが大きいと思っています。グラフの黄色(最適パターン)よりも速いペースで突っ込みました。日本選手権ではどうしても、勝負の意識を捨てられません。僕にも“自分が(肩書き的にも)日本一でないと”という気持ちはどこかしらにある。
 でも、本当に世界選手権を目指す上で、勝負への意識は必要なことなのか? だが、日本選手権という舞台でそれを本当にやれるのか? 8番になるリスクを負ってできるのか?
 そんな不安もある中で思い切ったレースができたことで、違う自分が1つ見えた気がします。結果的に実力不足を感じさせられましたが、こういうレースをするには、気持ちをこう持っていけばいい、というところはつかめました。何も考えず、真っ白な気持ちでスタートラインに立つ精神状態を、アップの中で作ることができたんです。
 そういう精神状態を作れたことが、今後に必ずつながっていく。これからは国内でも、そういう状態を作らないといけない場面が増えると思うんです。




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