2006/12/31 年末特別記事
2006年でたぶん一番印象的で、画期的だと感じた取材中のコメント
5月の室伏広治公開取材時会見から抜粋
「僕が目指しているのは片脚の局面でも加速すること」

●2005年を腰の不調で休養した経緯など
「普段はやらない長距離や、サーキット・トレーニングも行いました」
 アテネ五輪が終わって思った以上に忙しく、自分の時間を作るのが難しかった。皆さんの期待に応えるべく、練習も同じペースで励み、2005年の世界選手権で良い成績を残すことを目標にやってきました。しかし、長年の練習、試合、移動など、さまざまなストレス、オリンピック後のストレスなど色々とあった。そういう状態で強引に進めるのは、将来のためにならないと判断しました。期待もあったと思いますが、世界選手権は欠場させていただき、次に向けて、大きな目標であるオリンピックに向けて、リフレッシュして、自分の調子を取り戻すためにやってきました。
 練習はずっと続けてきましたが、(オリンピック前のような練習を)去年継続して行うのは無理でした。もう1回、土台を作る時期が必要だったのです。陸上を始めた頃のような、基礎的な体力を十分に養わないと維持できない。向こう何年もトップを維持するための土台を、半年、1年かけて作らないといけませんでした。普段はやらない長距離や、サーキット・トレーニングも行いました。
(腰は)ケガというよりも勤続疲労的なストレスを感じていたのです。試合になると練習よりも大きな負荷がかかります。火事場の馬鹿力みたいに。その120%の力を出す不安がありました。それを出すにはもう一度、基礎的なトレーニングに戻って十分に回復する必要があったんです。

●頂点を維持するのではなく
「やるべきことをやって、記録が伴ってくるのが望ましい」
 全部勝てればいいが、そういうわけにもいきません。これまでも、つねに自分を変えていきながら記録を伸ばし、結果的に頂点に立てました。今はもう一度自分自身を作り直し、新たな境地を目指してやっています。そこを目指しながら、(頂点も)守り抜けたらいいのですが。
 目指す記録はあっても、それはあまり言いません。やるべきことをやって、記録が伴ってくるのが望ましいこと。少しずつやってどのくらいのものか、何試合かしてみないと調子も出ません。その辺は気楽にやっていきます。まだ、考える時じゃありません。

●バーベルにハンマーを付けたウエイトトレーニングの狙い
「最近は、自分でつくった練習しか効果がない、とさえ思えてきました」
 今日公開したメニューは全部意味がある練習ですが、筋力を鍛えるというよりも、感覚を研く意図があります。それが、よりいっそう、ハンマー投に役立ちます。(ハンマーをバーベルに吊り下げるなどの変則的な)ウエイトトレーニングもすべて、ハンマー投に結びつけるためです。昔から教わってきたトレーニングでは、あるところまで来ると、無理なところが出てきます。結局、自分自身で編み出すしかない。最近は、自分でつくった練習しか効果がない、とさえ思えてきました。
 例えばウエイトトレーニングですが、以前はオリンピックのウエイトリフティングのメニューで、その数値を目安にやってきました。80mを投げるにはフルスクワットで240〜250kgが最低でも必要だとか、スナッチで130〜140kgが必要だとか、ハイクリーンならいくつとか、目安があったんです。その数値を上げることを一生懸命にやる。僕もそれをやっていた時期もありました。でも、その数値が上がればハンマーの記録が上がるかといったら、そうでもない。それよりも、それをやれば身体が起きる、使っていない筋肉を目覚めさせられる、というウエイトトレーニングを開発していくことが、記録アップにつながっていきます。

●休んだ1年間の収穫
「自分の理論づくりを進める上で、有意義な1年だった」
 なかなか(1年間も)試合を休むことは考えられませんでしたが、この1年で与えられた時間で十分、自分を見つめ直し、顧みることができたと思います。その間に、自分を確立することが進んだと思います。自分の理論づくりを進める上で、有意義な1年だったと思います。グラウンドに出るだけが練習じゃないな、と感じました。自分をじっくりと見つめ直し、十分に落ち着いて考える時間を取ることができました。さらなる飛躍をするためには、選手にはそういうことも必要になってくるのでしょう。昔のソ連の選手も1年丸ごと、試合に出ないこともありました。セディフやリトビノフなど、オリンピックの次の1年間は休んだりしていた。年齢が行き始めると十分な休養も必要になってきます。
 毎年毎年、自分の力を出してやっていきたいものですが、精神的に…というより、身体が思ったよりも疲れていました。勤続疲労(金属疲労?)は試合で本気になっているときが危険なんです。周りの勧めもあって決断ができ、リフレッシュができました。

●現在目指している技術
「ちょっとしたところに、加速のメカニズムが秘められている」
 世界のハンマー投の流れとして、父が始めた頃(1960年代)はハンマーを置いて回る投げ方でした。回転はしているけど、引きずっているような技術です。それが1970年代後半から、ハンマーヘッドを先行させる技術が出てきました。両脚を接地している状態になったときに、追い抜いていく投げ方です。両脚が着いているときに加速して、片脚のときに減速するのをどれだけ抑えられるか。それを360°のなかでどれだけ短くできるか。両脚が着いているところが、一番安定して、強い加速ができる。片脚のところを、できるだけ短くする。それが、セディフのコーチであるボンダルチュクの指導で始まった。
 でも、そこをやっていくのはもう、限界が来ていると感じています。僕が目指しているのはその先です。減速せずに加速し続けること。片脚のところでも加速する要素を持つことなんです。実際は片脚のときは減速しますが、どちらかというと加速し続ける。そのためには身体の重心の位置と、ハンマーの位置が重要になります。もうすぐ論文を出す予定です。
 論理的には減速するのですが、加速に近いことができるんです。ローポイントとハイポイントがありますが、重さが一番かかるのはローポイントで、4回転目などは350kgの重さがかかります。それに対して、ハイポイントでは軽くなる。重くなったり軽くなったりする中で、自分の重心をどこに置くか。ちょっとしたところに、加速のメカニズムが秘められているのです。
(ハンマーをバーベルに付けたトレーニングも)基本的には重心が浮かないこと。右脚を地面から離すときに浮きやすいのですが、そこで浮かせないようにすることが重要です。


寺田的陸上競技WEBトップ