2018/6/7 日体大女子短距離ブロック取材報告
関東インカレ4種目を制した日体大女子短距離は1日1時間だけの練習
東京高を率いた大村総監督の新たな発想と
100mから400mまで同時に強くなった広沢選手


<取材報告>寺田が取材した内容を読者に報告する、という新しい形の記事です。●は書き手が見たこと。書き手からの説明◆は選手や指導者の紹介、選手・指導者のコメントの紹介などです。取材した内容をストレートに伝えやすいのでは、と考えたスタイルです

1日1時間。走るメニューも、走らないメニューも行う
●6月7日に日体大にお邪魔して女子短距離ブロックの練習を取材させていただきました。関東インカレ200m・400m2冠(1600mRも優勝)の広沢真愛選手がレース後に「練習は昼休みの1時間だけ」と話してくれたのが強烈で、どんなものか一度見せてもらいたいと思って大村邦英総監督にお願いしました。
●大村総監督は皆さんご存じのように、2015年まで東京高を率いた指導者です。2011年にインターハイ男子総合優勝、12年に女子総合優勝を果たし、2011年には男子4×100mRで40秒02の高校新(当時)を出しました。そのときのメンバーは個人種目では勝てませんでしたが、卒業後に強くなったことで評価を高くしています。2走がリオ五輪4×100mRアンカーのケンブリッジ飛鳥選手(Nike。10秒08)、3走が日本インカレ200mで優勝した猶木雅文選手(大阪ガス。20秒44)、4走が昨年の全日本実業団陸上3位だった女部田祐選手(つくば銀行。10秒25)。女子では短距離で2014年アジア大会代表になった藤森安奈選手(As−meエステール。11秒68)も卒業後に強くなりました。中距離では西村美樹選手が800mで2001年に2分02秒23、03年に2分02秒10と当時の日本記録を更新(当時東学大)。昨年2分00秒92の学生新を出した北村夢選手(エディオン)も東京高卒業生です。
●練習時間は昼休みの12:00〜13:00。その前後は選手も授業に行きますし、グラウンドも授業で使っていて陸上部の練習だけに使えるわけではありません。授業がない選手は早めに来てグラウンド脇でコアドリルなどを行っていますし、空き時間に自主練習を行う選手もいますが、チームとしての練習は本当にその1時間だけです。
●コアドリルに始まって、ハードルまたぎ、ミニハードル(フレキシハードル)のドリル、パワーロープの縄跳び、ダイナマックスのメニュー、そして走るメニューも数本、しっかりと行っていました。
※ドリルの写真入り解説は大村総監督の著書に掲載されています
●走るメニューの日と、走らないメニューの日を分けているのかと思って行ったのですが、その前提が間違っていました。ドリルの動きを走りに生かすには、同じ日に行った方が良いのは理屈ではわかりますが、まさか1時間の中で走るメニューもここまでやっているとは思いませんでした。


52秒台を目指す広沢選手の1時間練習の感想
●しかし、これほど多くを短時間に行ったら、走るメニューのスピードは遅くなるのでは? と予測していたのですが、広沢選手の走っているところを指さしながら、大村総監督は「11秒5くらいのスピードで走っていますよ」と言います。取材する側の常識を大きく超える内容でした。
●3時間程度の練習も週に1回、土曜日の8:30から行い、夏期・冬期・春期の休み期間には同様に時間を費やした練習もします。しかし、授業のある日は基本的に1時間だけで朝練習もありません。その1時間の練習が前述のように動きも、技術も、スピードも追求しながら、休憩を最小限で行うため相当にハードです。
◆広沢選手によれば静止状態でバーベルを持ったウエイトトレーニングはやらず、「動きながら鍛える」のが基本です。ちなみに広沢選手は中学1年まで新体操をやっていたこともあり関節の可動域が極めて大きく、ダイナマックスを使ったメニューも「スピード感があってピカイチ」だと大村総監督は言います。
◆その広沢選手が、1時間練習について次のように話しています。
「効率が良くて、パワフルで、本当に短時間で終わってしまうのですが、密度が濃く、凝縮された練習で、この短い時間でも達成感もあります。練習の狙いがわかるようになってきて、より身についてきたと思います」
◆広沢選手は強風の関東インカレを53秒45で優勝し、目指すところが上がってきました。
「52秒台がかなり具体的にイメージできるようになりました。もう少しスピードがつけば行けると思いますし、日本選手権では52秒台を絶対に出します。日本記録(51秒75)も気負わず、自分のペースで徐々に目指して行きたいです」

大村総監督が1時間練習に変更した理由。日体大の環境を逆手に利用
●日体大は昨年の関東・日本両インカレで女子総合優勝を果たしましたが、4年生が頑張った結果、という印象が強くありました。実際、100mで君嶋愛梨沙選手が復活し、800mの北村夢選手と100mHの福部真子選手、長距離の細田あい選手と4年生がポイントゲッターでした。それに跳躍と中距離ブロックの3年生以下の選手が加点していきました。
●今年は戦力ダウンと思われたのに関東インカレで筑波大に16.5点差の2位と善戦。短距離ブロックは広沢選手だけでなく、100mで湯淺佳那子選手(3年)が2位、森美悠選手(4年)が5位、福田真衣(2年)選手が6位タイと3人が入賞しました。山田美来選手(1年)が200m3位、小林茉由選手(4年)が400m3位。そして2つとも勝ったリレーが、44秒98の学生歴代3位タイと3分37秒41の大会新です。
●この結果を見たら、昨年は4年生の頑張りに隠れていましたが(こちらが気づかなかった)、大村総監督の指導が大学でも選手の力を引き出しているのは明らかでした。大村総監督が昼休みの練習に切り換えたのは就任2年目の昨年春からだそうです。
◆その理由を大村総監督は次のように話します。
「1年目は結果が出ず、何でだろう?と考えました。思い当たったのが日体大で授業を3時間、4時間受けてから練習に来たら、スプリントが落ちてしまっているということ。練習が終わるのが21時とかになったら夕食をしっかりとる、お風呂に入って疲れを取る、という規則正しい生活ができません。授業を陸上の練習の補強にしよう、と考えたわけです。柔道、卓球、バスケットボール、トランポリン。授業は体幹を強くするためと、選手たちに意識させました。水泳を1時間半やったら練習をやらないこともあります。授業も練習に備えてダラダラやったら疲れるだけですから」
◆「そうして臨んだ昨年の関東インカレで、君嶋が勝ち、4継が2番になり、マイルが関東学生新で優勝した。『走り込みはしなくて良いんですか?』と疑問を言ってくる学生もいましたが、ダイナマックスをやり続けられれば、走り込みより追い込むことができる。(今年の)1年生の山田も、ダイナマックスができるようになって後半の走りが伸びやかになりました。(高校時代に実績のなかった)広沢たちが結果を出すようになって、浸透してきました。今回400mで3位だった小林も、高校ではそこまで強くなかった選手です(八王子高2年時に55秒43)。空き時間に『この練習をして良いですか?』と聞いてくる学生もいて、そうして自主的に練習した選手が花を咲かせてきて、秋(日本インカレ総合優勝)につながった」
◆「特に女子は、男子よりも環境の影響を受けやすい。しっかりと環境と生活を整えてあげて、個人的なことにも寄り添ってあげる。日体大には全国から良い選手が集まっています。背中を押してあげれば伸びる選手はいっぱいいるんです」

左から広沢選手、湯淺選手、大村総監督 キャプテンの森選手(左)

チーム作りに重要な役割を果たすキャプテンと、広沢選手の「100mと400mが一緒に強くなる感覚」
◆大村総監督が目指した(陸上競技のパフォーマンスを上げるための)意識の高いチーム作りにおいて、「片腕」(大村総監督)となっているのがキャプテンの森美悠選手です。練習メニューや総監督が見せたい映像を部員たちに伝達をするときに、ちょっとした言葉を付け加えたりするようです。
◆森選手にどういったところを意識して後輩たちに接しているのかを聞いてみました。
「先生が見ているところと、学生同士だから見えるところがあります。注意を受けた人に先生の思いをかみ砕いて話してあげたり、後輩の気持ちに寄り添ってあげたりするようにしていますね。コミュニケーションを大事にして、4年生が話しかけづらい存在ではなくなるようにしています」
◆森選手自身も400mでインターハイ4位の実績を持って入学しながら、1年時に競技力が低下したとき、1人で抱え込んで悩んでいた経験があります。大学をやめることさえ考えていたそうです。2年生のときに大村総監督から声をかけられて立ち直ることができました。
●ダイナマックスやドリルといったグラウンドで行うトレーニングだけでなく、選手のメンタルにも配慮した大村総監督の指導の一面がわかります。もう1つ大村総監督の練習の特徴だと感じられたのが、広沢選手が「400mと100mが一緒に速くなっていく感覚」を得られていること。300m何本、250m何本というメニューは行わないにもかかわらず、です。
◆広沢選手は高校時代、200mと100mでインターハイに出場していますが予選落ちでした。リレーは2種目で出場していましたが、日体大入学時は100m・200mへの意識が強く、1年時の終わりに400mで行こうと総監督から言われたときには「半信半疑」だったそうです。
◆広沢選手の昨年の戦績は関東インカレ400m3位、学生個人選手権200m7位&400m6位、トワイライト・ゲームス400m2位(タイムレース)、日本インカレ200m6位、関東学生新人200m1位が主なもの。100mで大きな試合は出ていませんが高校時代の12秒10から11秒89にタイムを縮めています。200mが24秒28、400mは55秒09が昨シーズン時点の自己記録でした。
◆広沢選手は昨年の夏頃から「400が速くなれば100も速くなる。100が速くなれば400も速くなる」と実感するようになりました。そして今季は4月30日の東京選手権で54秒56と自身初の54秒台(大村総監督によればその日も風が強かったようです)、5月3日の静岡国際で24秒18、5月5日の日体大競技会で11秒75。6日の間に3種目の自己新を出したのです。
●短時間の練習でも、短期間に3種目の自己新を出せる広沢選手。メディアの人間が練習を見てこうだと何かを断定的に書くことはできませんが、日体大女子短距離ブロックの特徴が現れている点ではないかと思いました。
◆大村総監督が目指しているのは日本代表として世界と戦うこと。インカレはそのためのステップです。
「私が日体大に招聘されたのは、ケンブリッジのように日の丸を付けて走る選手を育てることが目的。広沢は関東インカレで風がなければ、52秒台に入っていたと思います。アジア大会代表も可能性は十分ある。いずれは日本記録を破って、世界陸上やオリンピックにも出てほしい選手です」


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