Road to 全日本実業団陸上2017大阪
実業団陸上の話題を継続的に紹介していくイノベーション記事
第5回 世界陸上ロンドンに挑む実業団選手たち
 実業団連合とのタイアップ記事である「Road to 全日本実業団陸上2017大阪」。
第1回 実業団陸上のシーズンイン
第2回 地区実業団大会に見る日本陸上界の“今”
第3回 実業団視点で日本選手権を楽しむ
第4回 日本選手権で見られた“実業団”
 その第5回は世界陸上ロンドン(8月4〜13日)に出場する実業団選手の直前情報を中心に紹介する。
 個人種目一番のメダル候補は言うまでもなく、リオ五輪で銅メダルを獲得した男子50kmWの荒井広宙(自衛隊体育学校)だ。五輪翌年の難しさもあるなか、競歩初の2年連続メダル獲得に挑戦する。男子20kmWにはリオ五輪7位入賞の松永大介(富士通)が出場するが、藤澤勇(ALSOK)と高橋英輝(富士通)も入賞を狙える力をつけてきた。
 マラソンはアフリカ勢優位の時代が続いているが、男子では中本健太郎(安川電機)と井上大仁(MHPS)の九州コンビが、女子では重友梨佐(天満屋)が入賞を目標にテムズ河畔を力走する。
 フィールド勢も男子走高跳の衛藤昂(AGF)、棒高跳の山本聖途(トヨタ自動車)の中部コンビが好調で、予選突破も十分期待できそうだ。
【競歩勢】 世界のトップを歩く日本競歩
荒井が50km競歩“連続メダル”に挑戦
 個人種目のメダル候補筆頭に挙げられている荒井広宙だが、気負いはまったく感じられない。7月7日に北海道千歳市で陸連競歩合宿が公開された際、次のように話した。
「連続メダルは、何でしょうかね……生活の一部になっている感じです。今年もお盆が来ました、お正月が来ました、という感じで」
 必要以上に意気込んで狙うものではない、という例えだが、「メダルが1回だけで終わったら寂しい」ともコメントした。五輪&世界陸上でメダルを取り続けるためには、それが当たり前、という意識にすることが重要だと考えている。
千歳の陸連競歩合宿中の荒井
 尊敬する選手はロンドン五輪金メダリストのジャレッド・タレント(豪州)だが、タレントは13年モスクワ世界陸上・銅、15年北京世界陸上・銀、16年リオ五輪・銀とメダルを取り続けている。
「僕もメダルを取る前は、スゴいな、くらいにしか思っていませんでしたが、今は取り続けることの大変さをすごく感じています。そのためには計画的にメリハリをつけることも必要です。若い頃は目の前のことに全力でぶつかっていましたが、経験を積むと頑張るところと、抑えめでいくところがわかってきます。タレント選手も、豪州選手とよく合宿している藤澤さんに話を聞くと、メリハリの付け方が上手い選手のようです」
 荒井も取材時には、流行のドローン(遠隔操縦ができる小型無人航空機)で空撮を楽しむなど、自身のリラックス法も明かしていた。
 世界陸上は4回目の出場。ロンドンでとる戦術についても、しっかりと考えている。
「前半、無駄な力を使わず、大人しく歩くことですね。給水は夏場のレースでは特に重要です。体に水をかけて体を冷やすことで、消耗を防ぐことができます」
 日本競歩チームは陸連医科学委員会と提携し、その対策も抜かりなく行ってきた。
 過去の五輪&世界陸上でも荒井は、そのときの力を出し切ってきた。それができたのは雰囲気に舞い上がり、オーバーペースになることが絶対になかったからだ。「性格的にも守りに入るタイプなんです」と言って笑ったが、リオ五輪でメダルの勝敗を分けたのは、最後にエバン・ダンフィー(カナダ)との競り合いになったとき、一歩も引かない闘志を見せたからだ。
「あのまま抜かれて終わるわけにはいきませんでした」
 ロンドンでも前半は冷静に歩き、後半の勝負どころで闘志を見せる。その歩きができたとき、連続メダルが可能になる。

【マラソン勢】 中本&重友が“5年ぶりのロンドン”に意欲
落ち着いて練習をこなす井上にも期待大
 5年前のロンドン五輪を経験したマラソン男女のベテランが、世界陸上でもロンドンを走る。“5年ぶりのロンドン”は同じでも、2人がたどって来た道は対照的である。
 中本は2012年のロンドン五輪6位入賞と、前評判を大きく上回る成績で、翌年のモスクワ世界陸上でも5位入賞と、日本男子マラソンの伝統を見事に守った。ただ、14年以降は故障が多くなり代表入りできなかった。今回が4年ぶりの代表復帰だ。
「入賞が最低ライン。モスクワの5位をできれば上回りたい」
 重友のロンドン五輪は、日本女子マラソン界を背負って立つ選手に、という期待もある中で出場したが、79位と日本選手最低順位を取ってしまった。その後、2時間30分すら切れない時期が続いたが、15年に復調して北京世界陸上代表入り。今回は2大会連続代表となる。
「レースの流れに乗ること。2時間25〜26分で入賞したい」
 両ベテランの口調は淡々としていたが、強い意思も感じられた。
 初出場の井上も同じように、静かな語り口が頼もしく感じられた。
 取材に行った日は16kmの距離走だったが、最後は特徴である蹴り返しの速いリズミカルな動きで、ラスト5kmを「14分50秒くらい」で上がってきた。最初の5kmは15分20秒で入り、トータルでは48分15秒。
「7割5分くらいで普通に走れた感じです。前半は余裕を持って、後半は押すイメージで走れたので、練習の目的はクリアできた」
 2月の東京マラソンで2時間08分22秒で日本人トップの8位となり、2度目のマラソンで世界陸上代表を決めた。そのときの練習と「大まかな流れは変わっていない」という。この日の16km走の数日後に、最後の40km走を行う点も同じだ。
 変えた点といえば、東京とロンドンのコースの違いを考慮して、起伏が多い場所を多く練習に取り入れたこと。
「九重(大分県)の練習では起伏のあるコースでインターバルをやりましたし、朝練習で山に走りに行きましたし、(通常の練習拠点の)長崎でもなるべくアップダウンのあるコースを選びました」
井上が北海道で行った個人合宿での走り。16km走を設定通りにこなしていた
 もう1つ、初めて行ったメニューもあった。5月頭に50km走を行ったのである。井上も「身構えは、しました」と正直に明かすが、練習の目的をしっかりとクリアした。
「設定のタイムの中でこう走ろうと決めて、走りながらイメージに近づけていって、後半は気持ちのゆとりも出てきました。それ以降、長い距離の練習も長いと思わず走ることができるようになりましたし、間の練習も上手くできるようになりました」
 井上はレース展開を、「トップにつくというか、トップが見える位置でレースを進めて、レース全体で勝負していく」と展望した。アフリカ勢があまりにも速いペースで飛ばしたら、それにはつかないかもしれないが、トップの見える位置ではレースを進めたい、ということだ。
 黒木純監督は目標を、「最低でも入賞をクリアして、できればメダル争いに絡むレースを」と、愛弟子に期待している。

【実業団チームの外国人選手】 タヌイは4大会連続メダルと打倒ファラーに
ケモイは中距離種目初メダルに挑戦
 日本の実業団には外国人選手も多数在籍しているが、 そのなかからポール・タヌイ(九電工)とビダン・カロキ(DeNA)が1万mに、ロナルド・ケモイ(小森コーポレーション)が1500mに出場する。3人とも激戦の、ケニア国内の選考レースを勝ち抜いた。
 “メダル常連”のタヌイは2009年に来日し、今年で9シーズン目となる26歳。2011年テグ世界陸上で初のケニア代表に入ると、13年モスクワ世界陸上で銅メダルを獲得。15年北京世界陸上も銅メダル、そして昨年のリオ五輪では銀メダルと、3大会連続でメダルを獲得した。実業団のトラック選手では史上最強の選手と言っていい。
 トラック練習は1000mまでしか行わない点が特徴で、1000m×8のインターバルが一番ボリュームがあるメニューだという。1200m・800 m・400 m・200 mなどカットダウンといわれるメニューで1000m以上を走ることがないわけではないが、2000m何本のインターバルは、タヌイの集中力が持たないのでチームとしてはやらせていない。
 持久的なところは16kmや12kmを、1km3分ペースと抑えめに走ったり、朝練習で起伏のあるクロスカントリーコースを走ったりしている。レースに多く出場する時期も設定し、トレーニング効果も得られているようだ。
 5000m・1万mではモハメッド・ファラー(英国)が12年のロンドン五輪以降、すべての五輪&世界陸上で2冠を続けている。タヌイ自身は気持ちを秘めるタイプで具体的な目標は口にしていないが、ここまで来たら目指すのは“打倒ファラー”しかない。
 タヌイはケニア・チームに合流後も、九電工のメニューで調整している。日本で世界レベルに成長したタヌイが、ロンドンで世界一に挑戦する。
4大会連続のメダル獲得が期待できるタヌイ。写真は昨年の全日本実業団陸上男子1万mで7連勝を達成したとき
 21歳のケモイも注目すべき選手で、中距離でメダルを獲得すれば、実業団選手では史上初の快挙になる。
 2013年に来日し、翌14年に3分28秒81のジュニア世界新をマークした。小森コーポレーションでは当時から、将来的には5000mまで距離を伸ばせる選手として育て、今季は3000mでもダイヤモンドリーグ・ドーハ大会優勝、パリ大会2位と結果を残し始めた。
 ダイヤモンドリーグや代表の試合など、海外を転戦するときは別メニューとなるが、国内では小森コーポレーションのメニューで練習する。日本選手と一緒に1万m以上の距離のペース走を行うこともあるが、「ゆっくりのペースだと動きがもたつくので」(本川一美監督)と、ケモイの特性を考慮して行っているようだ。
 ケモイは3位だったダイヤモンドリーグ・モナコ大会(7月21日)で大腿裏を痛めたが、世界陸上には予定通り出場する。昨年のリオ五輪も金メダルを目標としていたが、レース中に転倒して13位に終わった。万全ではない可能性もあるが、今年こそ、の思いは強い。
 カロキも12年ロンドン五輪から、全ての五輪&世界陸上でケニア代表となり、メダルこそないものの、4大会全てで入賞している世界のトップランナーだ。
 国内の実業団陸上や駅伝の上位を走った選手たちが、世界陸上でもメダルや入賞という成績を残す。実業団長距離種目のレベルの高さを、世界陸上でも確認できる。

【トラック&フィールド種目】 標準記録を破った潰滝らが追加代表入り
男子円盤投の堤は最古の日本記録を更新
 連載第4回で、6月の日本選手権で代表入りが決まった選手たちを紹介したが、その後、追加代表が発表された実業団選手は以下の通り。
▽男子3000mSC
潰滝大記(富士通)
▽男子4×400mR
佐藤拳太郎(富士通)
木村和史(四電工)
堀井浩介(住友電工)
金丸祐三(大塚製薬)
▽女子100 mH
木村文子(エディオン)
紫村仁美(東邦銀行)
▽女子やり投
宮下梨沙(大体大TC)
ホクレンDistance Challenge網走大会で8分29秒05をマーク。世界陸上標準記録を破った潰滝大記
 潰滝は7月13日のホクレンDistance Challenge網走大会で8分29秒05と標準記録を突破。日本選手権にも優勝していることで、選考基準をクリアした。
 男子4×400 mRの4人は、この種目の日本の世界ランキングの16位以内が7月24日に決まり、出場権が確定したことで追加された。佐藤と木村は日本選手権400 mで個人種目の代表を決めた北川貴理(順大)に次いで2・3位に入った。そして堀井と金丸は7月9日の南部記念の成績で選ばれた。
 木村、紫村、宮下の3人は国際陸連からインビテーション(招待)があった選手たち。標準記録はあと少しで破ることができなかったが、世界的にも標準記録突破者が少なかった種目で、未突破の上位選手に出場権が与えられた。

 また、世界陸上には出られないが、7月の試合で頑張った実業団選手が多く見られた。
 その筆頭が男子円盤投の堤雄司(群馬綜合ガードシステム)で、7月22日に国士大で行われた競技会で60m37の日本新をマーク。全種目を通じて最古の日本記録(60m22=1979年)を38年ぶりに更新した。
日本記録をマークした国士大のフィールドで、今後の意気込みを色紙に記した堤
 掲載した写真のサイン色紙にも記しているように、「もっと先へ、もっと上へ!」が堤の目指すところ。ロンドン世界陸上の標準記録は65m00で、世界との開きは大きい種目だが、「今いる選手たちで歴史を積み上げて行きたい」と、堤はパイオニアとして円盤投を引っ張って行く。
 9月の全日本実業団陸上では、日本選手権2位の米沢茂友樹(オリコ)、3位の湯上剛輝(トヨタ自動車)らと再度激突する。連載第4回で紹介したように、米沢の58m53と湯上の57m38は、日本選手権の順位別最高記録だった。種目としてレベルの高い競り合いをしているなかで、堤が日本記録を更新したのである。
 風に大きく影響される種目ではあるが、全日本実業団陸上では史上初めて、複数の日本選手による60mスローの応酬が見られるかもしれない。

 同じ日に平塚で開催されたオールスターナイト陸上(実業団・学生対抗)では、男子走高跳の衛藤昂(AGF)が2m27と今季の安定した跳躍をここでも見せ、世界陸上での予選突破の期待を高めた。
 その一方で、男子100 mにオープン出場した山縣亮太(セイコー)は10秒23(+1.0)でトップのフィニッシュ。男子110 mHの矢澤航(デサントTC)や、400 mHの松下祐樹(ミズノ)らのロンドン世界陸上代表を逃した選手たちが優勝した。特に矢澤は13秒49(+1.8)の大会新で、破れなかった世界陸上標準記録に0.01秒と迫った。
 フィールド種目では男子砲丸投の畑瀬聡(群馬綜合ガードシステム)が18m52の大会新で、自身の持つ日本記録に26cmと迫った。
 8月は世界陸上で世界を相手に戦う選手と、国内でトレーニングを続ける選手とに分かれるが、9月にはほとんどの選手が全日本実業団陸上に集結する。長居で展開される戦いに向けて、いくつもの糸が紡がれ始めている。


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