2017/10/11 山下がANA入社内定
山下が父の持つ日本記録更新に意欲
ライバル山本と航空業界対決に


憧れの航空会社へ
 山下航平(福島陸協)の全日空(ANA)入社内定が、10月2日に発表された。
 リオ五輪三段跳に出場した昨年が大学(筑波大)4年のシーズン。1年間先延ばしにしても就職先にこだわったのは、「小さい頃から飛行機好きだった」という気持ちに正直でいたかったから。
「愛知県の母の実家が空港の近くだった影響もあるかもしれませんが、物心ついたときから飛行機の絵を描きまくっていましたし、小さい頃はパイロットになりたかった。ANAで競技ができたらそれ以上の喜びはないと思っていたところ、アスナビでANAの方を紹介していただき内定することができました」
 念願叶った山下の気持ちが充実するのは間違いない。日本記録(17m15)更新、その先の世界での活躍に向けて飛び立つ体勢が、ANA入社で整った。

低調だった2017年と1学年下のライバル
 関東インカレで16m85(-1.1)の日本歴代6位、学生歴代3位(ともに当時)を跳んだ昨年に比べ、今季の山下は日本選手権の16m13(+0.1)がシーズンベスト。卒論に手間取ったことによる冬期練習不足が影響した。ロンドン世界陸上の標準記録(16m80)には遠く及ばず、世界陸上には山本凌雅(順大4年)だけが出場した。
 山本は織田記念の16m87で、歴代順位は日本も学生も山下に取って代わった。6試合で16m50以上を跳び、日本選手間で今季無敗を続けている。その山本は同業他社である日本航空(JAL)入社が内定した。
「向こうが僕のことをどう思っているのかわかりませんが、僕は山本君のことをライバルと思っています。所属チームに関係なく、彼には負けたくありません。今年は一歩どころか大きく引き離されてしまっていますが、来季は勝負できるようにしたい」
 山本も今シーズン、日本記録の更新が目標と言い続けてきた。山下は昨年はそれほど声高に言わなかったが(筆者が聞いていなかっただけの可能性もあるが)、今年に入ってからは取材にも日本記録を更新したいと躊躇いなく話すようになった。
「日本記録はスッと出してしまいたいですね。先に出されて気持ちの良いものではありませんから。17m台を安定して跳び、世界大会で入賞できる17m40、50、さらには17m台後半を出していくことが入社後の目標です」
 山本もJALの入社内定会見(10月1日)で「来年の最初の試合で日本記録を出すつもりでやる」と話した。同じ航空業界の新入社員同士の争いから、1986年に樹立された日本最古の日本記録が更新されることを期待したい。

父子の共通点と相違点
 日本記録の17m15は、父親の山下訓史先生(福島県橘高)が持っている。“航平”はその山下先生が、飛行機が好きということもあって付けた名前である。以前の取材で命名の理由を話してくれたことがあった。
「自分の力で飛んでいく人間になってほしい、自由に飛んでいってほしい、という気持ちを込めて付けました。世界を股にかけて活躍してくれたら、と」
 飛行機が好きなことは父子で共通するが、跳躍技術には違いがあると山下先生は言う。
「100 m10秒56(大学3年時)のスピードが航平の強み。まさに(世界記録保持者のジョナサン・エドワーズのような)平たい石が水面を切っていくジャンプです。しかし地面をピンポイントでとらえる型なので、少しでもズレると記録が下がってしまう。大学3年までスピードや筋力がついても、技術が追いつかず、まともに跳んだことがありませんでした(大学3年までの自己記録は16m06)。その点僕は、水切りジャンプを目指してはいましたが、航平よりはバネがあって、多少つぶれた接地でもねちっこく跳躍に持って行けた。スピードは、航平ほどではありませんでしたけど」
 自身との違いと、技術的に難しいタイプであることを指摘した上で山下先生は、「17m30、40は行くでしょう。それだけの力はあるんですよ」と長男の飛躍に期待する。

苦しみ抜いてきた選手
 山下は高校3年時の国体で優勝したエリート選手だが、順風満帆というよりも苦しみ抜いてきた印象の方が強い。3年時のインターハイは9位でベストエイトから漏れるなど、高校では国体まで全国優勝はなかった。
 筑波大入学後も1年時こそ15m61と高校時代の記録(15m50)を更新したが、2年時は14m96がシーズンベスト。3年時にやっと16m06を跳んだが、山下先生が指摘したように記録は安定しなかった。
 4年時5月の関東インカレで16m85と自己記録を79cmも更新したが、6月の日本選手権はまさかの記録なしで敗退。7月の南部記念に勝ってリオ五輪代表入りはしたものの、五輪本番では15m71しか跳べなかった。
 山下先生は「上体の姿勢を保つこと」が技術的な安定の為には必要だと指摘したが、どうすればその姿勢を再現できるかは本人が努力をして見つけるしかない。
 山下は五輪前後の合宿で、いくつかの発見があったという。
「色々な先生に指導していただき、技術の新しい解釈や見方を聞くことができました。16年まではスピード任せの跳躍でした。関東インカレのようにパチッとはまれば記録が伸びますが、技術が定まっていなかった。自分の型を作って、いつでも記録を出せるようにしたい。今年は落ち着いて練習ができたので、直したいところにじっくり取り組んでいます」
 今年のシーズンベストの16m13は、実はセカンド記録である。自己記録との差は大きいが、進歩がなかったわけではない。100 mでも10秒51の自己新で走った。今季の山下は一発の可能性を秘めた特徴は失わないまま、技術的な底上げが進んでいるシーズンなのかもしれない。
 来季の山下には、テイクオフ(離陸)が期待できる。


2012年のぎふ国体少年A三段跳に優勝したときの山下航平(右)と山下訓史先生


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