OLYMPIAN 2001・11月号
スーパー陸上
世界選手権1カ月後の開催で
記録を出せるケースと出せないケース


 1m96――日本新のバーに向かう今井美希の表情と仕草は、いつもと変わりなかった。だが、外見だけでは、内面まで推し量ることはできない。
 3回目の試技だった。
「お尻のあたりがかすったんです。マットへ落ちながら“やばい、揺れてるー”って思いました」
 しかし、バーは残った。
「きゃーっ、やったーっ」
 叫び声とともに今井は両手を挙げ、マットの上で跳びはねる。ピットに降りてくるとすぐに、歓喜の表情が見る見る泣き顔になっていった。感極まった表情の変化が、彼女のここまでの思いを如実に物語っていた。
 8月にカナダ・エドモントンで行われた世界選手権に、今井は絶好調で臨んだが1m85で予選落ちしてしまった。阪本孝男コーチは失敗の原因を次のように説明する。
「今シーズンはいつ日本新を跳んでも不思議ではない状態でした。全ての動きがいいし、体力面のデータも全て自己新。それで世界のトップの仲間入りをしたつもりになって、慎重にいってしまった。考えてみれば、世界はみんな2m前後の記録を持っているんです。コーチが『ガンガン行け』と言うべきでした」
 今井自身、スーパー陸上の日本新の跳躍は、完璧ではなかったと振り返る。
「エドモントンの悔しさを全部ぶつけました。大会前は強気の発言をしていましたが、アップ中も自己暗示をかけないといけないくらい自信がない状態。練習もやる気が出たのは、9月に入ってからです。実際、会心の跳躍ではなく、大胆な跳躍でした」
 調子は決してよくなかったが、記録更新への基礎は今季はずっとできていた。あとは気持ち次第だったのかもしれない。

 今井とは対照的に、男子ハンマー投の室伏広治は、世界選手権銀メダルという成績に、悔しさはなかった。もとから室伏の場合、順位はどうでもよく、「外国選手とハイレベルの競り合いを楽しむこと」が目的だった。
 五輪を含め史上初の投てき種目メダル獲得という快挙だったが、「世界選手権のあともいつも通りの練習をこなしてきました。試合が残っていましたから、納得できる形で試合を終えたかった」と、気持ちが切れることはなかった。その点、銅メダルのコノワロフなどは、「世界選手権にピークを合わせていたので、コンディションを立て直すのは難しい」と話している。これは好成績を残した選手にとって、正直な気持ちだろう。
 金メダリストのジョルコフスキーも前日の会見で、「室伏選手が素晴らしいコンディションなので、勝てるかどうか」と、トーンが低かった。実際は彼が1投目に81m82と予想以上の記録を出したため、室伏は苦戦を強いられたが6回目の82m08で逆転した。
 好調を持続できる理由の1つに、外国選手に比べ技術的な部分の占める割合が大きいことが挙げられる。父親の重信コーチは「広治が技術では世界で一番」と話しているほどだ。つまり、外国選手は(室伏と比べると)体調面が記録に及ぼす割合が大きく、体力的なピークを世界選手権に合わせる必要がある。その点、室伏は技術さえ安定していれば、記録もコンスタントに残すことができる。前週のグッドウイルゲーム(82m96)、スーパー陸上と2連勝できたのは、競技へのアプローチ法が「ハンマー投は技術系の種目」と強調する、父子独特のものだからこそだろう。
 その点、男子400mHは競技時間が48秒前後ある。1回の試技が数秒で終わるフィールド種目とは、特性が異なる。まして、短距離系種目の中では、体力を限界まで使う。銅の為末大を含め世界選手権のメダリスト全員が揃ったが、3人ともエドモントンよりも記録が落ち込むことを覚悟していた。
「日本で行われる大会ですから、自分が一番準備ができている。他の2人の疲れが大きければ優勝もあると思って頑張る」(為末)
 残念ながら“疲労の度合”は3人とも同じだった。エドモントンと同じようなレース展開で、順位も同じ。タイムだけが3人とも、約1秒遅くなっていた。

 同じ短距離系種目でも、朝原宣治は100mを技術系種目ととらえているようだ。世界選手権などのビッグゲーム前も、レースを連続してこなし、自分の技術や感覚をチェックしながらピークを合わせようとする。
 世界選手権で決勝進出に失敗したときも、「まだまだ走れる感覚がある」と話し、実際にヨーロッパを転戦した。そしてスーパー陸上では、世界選手権200m銅メダリストを相手に、あわや優勝かという展開。向かい風で10秒18のタイムも評価できる。
 男子110mHの内藤真人も、今季ずっと好調を維持している。世界選手権では準決勝進出、続く北京ユニバーシアードでは決勝進出。そしてスーパー陸上では世界記録保持者のジャクソンに食い下がり、13秒62と自己の学生記録を0.03秒更新した。
「ユニバーシアードの決勝でつかんだものがあるんです。ハードリング云々よりも、勢い、リズムで跳んでいくことです」
 さらに、そのユニバーシアードの決勝で、隣のレーンの選手の転倒に巻き込まれてコースアウト(公式記録は失格)。その悔しさをスーパーにぶつけようと、「モチベーションを持続できた」(内藤)という面もあった。
 同じ学生選手でも、池田久美子の場合は内藤と置かれている状況が違った。世界選手権走幅跳では予選突破を果たし、11位と本人もビックリする好成績。ユニバーシアードでも銅メダルと力を出し切った。それがスーパー陸上では走幅跳6m37、100mH13秒56と明らかにパフォーマンスの低下が見られた。
 福島大の川本和久監督は「池田は世間的にも“よくやった”と言われますし、本人も目標を達成して安心しているところがあったと思います。それでは練習できません。そして、疲れをとる間もなくユニバーシアードでしたから、“タメ”を作る期間がなかったですね」と、池田の状態を説明する。
 同じ川本門下生でも、世界選手権の4×400mRで不本意な成績に終わった吉田真希子は、帰国後も「やることがいっぱいですね」と、意欲的に練習に取り組んだ。スーパー陸上では400mで大幅に自己記録を更新した(日本歴代3位)。400mHで今季、日本人初の56秒台をマークした吉田だが、2年後のパリ世界選手権に向けて、すでに青写真も出来上がっているという。
 世界選手権から1カ月と、難しい時期の開催だった今年のスーパー陸上。選手や種目によって、状態の差があるのは当然のこと。選手たちは置かれている状況を把握して、現時点でのパフォーマンスを精一杯発揮した。今後の自分に生かせる点があると信じて――。